時代劇を見ていて今の時代に生まれて良かったと思う事

実は髭なんかよりずっとこれが嫌なんです

前回に「月」がキーワードになっている他のガンダム作品と書きましたがそれがこの「∀(ターンエー)ガンダム」。

放送当時そのガンダムのデザインが物議を醸し賛否両論を巻き起こしました。

その主な原因は言うまでもなく「お髭」。(デザインした人曰くあれは「頬あて」だそうです)

ガンダムとサッカーと深海生物が好きな小学生の甥っ子も

「僕の一番嫌いな髭ガンダム(-_-メ) このガンプラはいらない(`^´)」と宣う始末。

僕は正直言って髭そのものはそんなに嫌悪感はありません。(勿論カッコイイとは思いませんが)

その髭よりも余程僕が嫌なのは「月代(さかやき)を剃った丁髷」の様な頭部。

いつも思う。時代劇であの髪型を見るたびにつくづくあの時代に生まれなくて良かったと。

今回は現代人から見ると奇妙な髪型「月代」です。

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そもそも「月代を剃る」という風習が生まれた背景とは?

あらためて説明すると月代とは前額部から頭頂部にかけて髪を剃り上げたかつて日本にあった風習。

時代劇、特に大河ドラマを見ていると月代を剃った髪型は戦国時代から始じまって、それ以前は総髪で髷を結っていたのだと思っていました。

実は平安時代の末期には既にあった習慣でした。

合戦の時に被る兜が総髪のままで被ると兜がずれてきたり、蒸れてしまって痒くなるという問題が生じました。

当然それなら髪が無いほうがいいだろうという結論に。

御丁寧に髪の毛を一本ずつ抜いていたそうです。痛いだろうし何より時間がすごく掛ったのではないかと。

そんなのは効率の悪いと、早くて合理的な方法として剃るようになったのは戦国時代。

織田信長が最初に始めたと言われています。

戦国以前は合戦時以外は総髪だった(必要ないから)武士の髪型は平時も月代を剃る様になっていきました。(その方がカッコイイと見なされたそうです)

江戸時代になると武士以外の身分の人達も(自分より上の身分の)その髪型に憧れて月代を剃りそれが一般的になっていきました。

明治に時代が変わると「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」の言葉に象徴される通り、「月代を剃った丁髷」の時代は終わりを迎えました。

まさに武士(サムライ)と共に誕生し、終焉の時を迎えたと言っても過言ではないでしょうか。

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アチョーとヒャッハーとザビエル

月代と同様昔のヘンテコ髪型、中国清朝の「辮髪(べんぱつ)」

前頭部を剃り上げ後頭部の髪を伸ばして三つ編みにする独特のヘアスタイル。

清朝を興した女真族(満州族)の習慣であり、チャイナドレスと共に中国(漢民族)由来の文化とよく誤解されます。

清が中国全土を支配下に置いた時、その辮髪を漢民族に強制した事は有名です。

こんな髪型を強いられた当時の人達の心情は如何ばかりかと。

辮髪は女真族の固有の文化ではなくモンゴル高原周辺に暮らしていた諸民族に見られた習慣だそうです。

民族毎に辮髪のスタイルは異なっていたそうで、モンゴル族は両側頭部を残して(両サイドを三つ編みしてそこ以外は剃った感じ)、契丹族は頭頂部を残した(所謂ラーメンマンの髪型)そうです。

丁髷や辮髪と異なり絶滅を免れたのが「モヒカン」

ご存知の通りウルトラセブンのように髪を真ん中だけ残して鶏の鶏冠のように真っすぐ伸ばしたヘアスタイル。

モヒカン刈りは北米ネイティブアメリカンのモヒカン(モヒート)族の戦士がしていた髪型。

1970年代イギリスのパンクロックのブームの時にファッションとしてのモヒカン刈りが成立し現在に至ります。

ここ日本ではモヒカン=「北斗の拳」の雑魚が定着してますね(笑)

最後はフランシスコ・ザビエルの肖像画で有名な中世のキリスト教聖職者のカッパの様な髪型について。

名前がちゃんとあるのです。「トンスラ」と言います。カトリックの修道士の髪型だそうです。

この髪型の由来はよく分かっていなくて有力な説としてイエス・キリストの頭の茨の冠を模したものだそうです。

因みにザビエルは実はトンスラはしてなかったみたいです。(有名な肖像画は後年日本で描かれたものらしい)

以上、月代と愉快な髪型たちでした。

最後にお断りしておきますが今回の「月代」はアニメ「∀ガンダム」の頭を見て思いついたのであって、決してアニメの監督さんが○○だからではありません。

ガンダムと言えばもうじき40周年。その間に多くの作品が作られました。

作品の出来不出来はともかくどの作品も嫌いではないです。一つの作品以外は。

次回はその唯一嫌いなガンダム作品からのネタです。悪口ばかりにならない様に気を付けます。

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